白いボディに白い帆の、美しい帆船でした。
彼女の夢はたくさんのお客を乗せ、
世界の美しい島を巡ることでした。
そうです。
世界中には、まだまだ知られていない
宝石のような小さな島々があるのでした。
白い船の構想は、
今まで誰も企画したことのない、
《神秘の島々ツアー》を立ち上げ、
人々に島の価値を知ってもらうことでした。
そしてそこで生きる動植物を守って行くのが
最大の願いでした。
けれど実現するには資金がいります。
旅費を払えるお客がいなければ
当然ツアーは成り立ちません。
島々のサポートもできません。
白い船はたくさんの人、色々な場所で
自分のプランを語りました。
そして共感者を募い
ようやく出航にこぎつけました。
ツアーはけして安い値段ではありません。
それなりに大金を出せるお客が必要でした。
旅費は出航時に1/3
旅の中程で1/3
帰港手前で1/3支払い予定になりました。
***
大海原に出た時、
白い船の胸は歓びに高鳴りました。
「ああ、ようやく私の夢がスタートしたわ!!」
夕方になると海と白い船は茜色に染まりました。
それは彼女の希望の色のようでした。
***
その晩のことです。
星明かりの下を白い船がゆっくり進んでいると、
水平線の向こうから黒い帆船が現れました。
白い船は静かに止まって様子をみました。
すると近寄ってきた黒い船が言いました。
「こんばんわ、美しい星の夜ですね」
「こんばんわ、そうですね」
白い船は控えめに答えました。
「あなたはとても美しい船、
遠くからでもよく見えました。
きっと素敵な旅の途中なんでしょう」
彼は紳士的な口ぶりで言いました。
黒い船に褒められた白い船は
はにかみながら答えました。
「ええ。ありがとう。
今日、私は
”神秘の島々ツアー”に出航したばかりなんです」
「おお!!”神秘の島々ツアー?!”
なんて衝撃的な企画だろう!
それはどんな旅なのですか?」
黒い船は興味津々に尋ねました。
「私の旅は宝石みたいに美しい小さな島を巡り、
その価値を知ってもらうことなの。
そして島々の動植物を守るのが私の一番の願いなの」
「な、なんと!
いや、実は…僕とあまりにも願いが似ているから
驚いてしまったんです。
僕も貴重な島の自然を守りたいと思っていました!
こんな大海原の真ん中で
同志とばったり出会えるなんて!
ああ、神よ!宇宙よ!奇跡の出会いに感謝します!」
黒い船は夜空に向かって叫んだのです。
そして続けて言いました。
「もし良かったら
途中まで一緒に旅しても構わないでしょうか?
いえ、お邪魔はいたしません。
静かに並走するだけです。
僕はエンターテイメント船で、
様々な遊びを提供しながら船旅するのが仕事。
内部は魔法のようなしつらえです。
カジノなんかもありますよ。
でも僕にとって気がかりなのは、
この美しい海と島々が汚されることなのです。
あなたとは息が合うと思いませんか?
今、僕は港でお客様をおろしたばかり。
船内はスタッフだけしか残っていません。
だからとても静かです」
白い船が考え込むと、黒い船が続けました。
「それに僕はたくさんの知り合いに
あなたの企画を紹介できます。
これからもこのツアースタイルを続けるのでしょう?」
*
ここまで共感してくれる船に出会えたのは初めてです。
白い船の心は温かくなりました。
「いいですわよ。ぜひご一緒に」
*
こうして二隻は並走して海原を進みました。
旅は好天に恵まれ順調でした。
そして満月の晩がやって来ました。
東から昇る大きな月が現れた時、
黒い船が言いました。
「白い美人の船さん。
今夜は素敵なムーンナイトだ。
僕の船ではスタッフがパーティーを開く予定です。
君のお客様をご招待したいのですがいかがでしょう?
客室は空いていますし、
もし一晩お泊りになりたければ、
必要な荷物もお運びします。
いえ、費用は必要ありません。
君の高い志への敬意のしるしです」
黒い船の甲板や船窓には
色とりどりのネオンが点灯しています。
白い船は黒い船の申し出を
素直に嬉しく受け取りました。
黒い船の招待をお客たちに伝えると、
彼らは甲板に渡された橋をつたって
横付けされた黒い船へと遊びに出かけて行きました。
*
それは美しい満月でした。
波は静まり、水面に月が映っています。
優雅なワルツが流れて来ました。
きっとダンスタイムなのでしょう。
ネオンも船も揺れていました。
満月が天頂に差し掛かった時、
海は真夜中になりました。
黒い船のスタッフがやって来て、
白い船のお客の荷物を運びました。
お客たちは珍しい船で一泊したくなったと言うのです。
音楽は止むことがなく、
優雅に楽しく続きました。
*
やがて月が西の海にかかり、
朝日が昇る頃、
白い船は目覚めました。
久しぶりに身が軽く
ぐっすり深く眠ったのです。
そして横付けされている船を見ました。
・・・いえ、正しくは、
「横付けされているはずの場所」を見ました。
これはどうしたとことでしょう!
黒い船はどこにもいません。
水平線の彼方すら、なんの影も見えないのです。
白い船はめまいがしました。
お客たちも、彼らの荷物も
一切が消えていたのです!!
あの黒い船が何もかもを運び去ったのでした。
身も心も空になった白い船が、
ポツンと海にありました。
朝日が全てを照らしていました。
*
白い船はショックのあまり停船したままでした。
すると若い女性が一人、甲板に出てきたのです。
彼女は朝日を吸い込みました。
白い船は涙声で尋ねました。
「一体何があったのか教えて下さる?」
女性は風に吹かれながら
静かな口調で答えました。
「黒い船の中はとても豪奢(ごうしゃ)なしつらえでした。
ガラス張りの廊下は長いカーブの水槽でした。
たくさんのお魚、イルカまでが泳いでいました。
私たちはクリスタルに囲まれたドーム状のホールに通され、
珍しい料理と高級なお酒が振る舞われました。
みんなダンスに興じ、
とてもいい気分になっていました。
しばらくするとホール中央の壇上に
マジシャンが現れたのです。
彼は空中にクジラを泳がせ、
みんな驚嘆して見入りました。
次に彼はUFOを出した後、言いました。
「我は魔法の子。我に学ぶ者は
魔術を超えた魔術
正真正銘の”魔法使い”になれるであろう。
そうです。あなた自身も!」
みんな驚いて彼を見ました。
マジシャンはホールの空中に
宇宙創成場面を、壮大なスケールで展開しました。
摩訶不思議な呪文を唱えています。
私たちは彼の言葉を理解できませんでしたが、
とにかく彼がすごいことだけは感じました。
そしてこれはマジックではなく、
本物の魔法だと思ったのです。
全員が彼に心を奪われました。
お客たちは神秘的でファンタジックなことが
大好きな人たちでしたから」
*
「それでみんな行ってしまったの?」
白い船はかすれた声で言いました。
甲板にいる女性は淡々と続けました。
「お客たち自身が魔法にかけらたようでした。
魔術師は言うのです。
” 当然ながらこの船での旅費は安くありません。
でもお客様ご自身が魔法使いになれば、
すぐに稼げるのですから何の問題もありません。
あなたも弟子を持てば良い。
さらなる利益が巡るだろう。
私の魔法講座を受け、
認定試験に合格しさえすればいいことです。
ちなみにレベル12までありますが ”
真夜中を越え、酔いも魔法も回った頃、
スタッフが
”お荷物を運びしましょうか”
と尋ねると
皆、当然の如く同意しました」
*
白い船は言葉もありませんでした。
しばらく風だけが通りました。
波がキラキラと輝きましたが、
白い船には見えません。
彼女は自責の念と、
後悔の嵐の中に佇んでいたのです。
今までの努力の思い出が、
一つ一つよみがえり、流れ去って行きました。
随分時間が経ちました。
やがて白い船の心に、最後の疑問が浮かびました。
「でも、どうしてあなただけは戻ってきたの?」
女性は甲板に寄りかかり、
お日様に目を細め、
髪を風にたなびかせながら答えました。
「私が体験したいのは、
マジックでもなく、
魔法使いになることでもないのです。
私は奇跡のように美しい小さな島々を巡ること。
そしてそこで、
生きる宝石のような動植物に出会うことです。
真の神秘、本物の魔法は、
彼らの存在そのものだとわかっているから」
*
白い船は思わず涙をこぼしました。
そしてこのツアーを
必ずや成功させようと決意しました。
今やお客はたった一人。
でも同じ過ちをくりかえさなければ、
いつしか満員になるでしょう。
これからでも遅くはありません。
たくさんの港に寄り、たくさんの人々を乗せ、
神秘の島々へお連れしましょう。
白い船は涙を拭いて出航しました。
お日様を浴び、白く白く輝きながら・・・。
+
+
完
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さあ、この物語は一体何を示しているのか
汲み取って頂けたでしょうか?
ストーリーのコアはビジネス組織において
多分に行われている手法なのです。
読み解きガイダンスも書きました。
それではまた。
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泉ウタマロは作家・アーチストです。
作品はAmazonなどにございます。