izumiutamaro’s blog

泉ウタマロの新しいブログです。よろしくお願い申し上げます。

狩人と、白銀の鹿6(最終章)

 

 

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「私の愛が、どういうものか、もう一度あなたに教えてあげます」
白銀の鹿がそう言うと、
ざわついていた周りの音が遠のきました。

 

 

 

 

 

 

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狩人は、完全に鹿と二人になったのです。
もう犬の吠声も、銃声も聞こえません。




「この銀色の雪のカケラを見てください」




鹿は杉の木からハラハラ落ちてくる粉雪を見て言いました。

 

 

 

 


「これは誰にもわけへだてなく降りかかります」




狩人は何のことだかわからずに、
だまって雪を眺めました。




白銀の鹿は続けて言います。

「あの枝の鳴る音が聞こえるでしょう。
この音はどんな誰にでも届きます」




狩人の体は時間が止まってしまったように、動きません。





鹿が空を見上げました。
すると太陽が急に暖かくなりました。

みるみるうちに雪はとけはじめ、
水仙が伸び、小さな黄色いつぼみを開きます。




風はウキウキと通り過ぎ、
鳥は鳴き交わし、小川がポコポコ流れていきます。

ぜんまい、ワラビ、コブシの白い花…。
森は春の香りに満ちました。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
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鹿はその森の中に立ち、
狩人に声なき言葉で続けました。




「あなた方の言葉に、私の言葉をのせるのはとても難しい。
これらの森と、私のことを ”私たち”と呼びます。
そしてこの美しさすべてが、私たちの愛なのです。




私はあなたと、あなたの仲間が、
森の動物たちを殺しているのを知っています。
けれどそれを知っていて、あなた方の存在を認めています。




この森の美しさをごらんなさい。
これが私たちの愛なのです。
あなたが何者であろうと、わけへだてなく、包みます。

その時の場合と、条件で、それが変わったりはしないのです」



狩人があっけにとられているうちに、
太陽は夏になりました。

木陰に育つ甘酸っぱいベリー。
すがすがしい緑の風…。

 
 
 
 
 
 
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鹿は続けて言いました。
「さわやかな夏。
夏の美しさも、わけへだてなくやって来ます。
あなたはそれを当たり前だと思うでしょうが…」




狩人はただただ、茫然と周囲を見回しておりました。





やがて白銀の鹿は言いました。
 
 


「これが私たちの”愛”なのです。

あなたの口から出るその言葉は、
私が言った”愛”とはまるで違います。



森である私たちのこの力は、全ての者のためにあります。
あなただけのものではありません。



抱きしめられたら、くだけます。

あなたが自分だけのものにしようとする時、
言葉は命をなくします。
 
 


愛は、愛ではなくなります。
抱きしめられたら……くだけます」





 
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鹿がそう言い終わった瞬間、


パパーーーン!





すぐ後ろで銃声がしました。

狩人が身震いすると、そこは元いた冬の森でした。
彼は息をのみ、あらためて目の前にいる鹿を見ました。





そしてやにくもに白銀の鹿に抱きつきました。
鹿はたじろぐこともなく、
狩人に捕まってしまいました。





ウウウウウウウーーーーー!
ワワワワワン!!





犬たちが走ってきます。




「いたぞーーー!」
村人の声が響きました。





狩人は気持ちがぐちゃぐちゃになって思いました。





「お前は俺だけのものだ!誰にも渡したくない!!」

そして鹿を強く抱きしめました。





……その時でした。




「パキーーーン!」
 

白銀の鹿はくだけたのです。
さながら、白い氷の破片でした。





粉々になって、もう跡形もありません。

 
 
 
 
 
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狩人は空(くう)を抱いたように力が抜けて、
そのまま雪に倒れました。




犬たちが駆け寄り、鋭く匂いを嗅ぎ回ります。
村人たちもやって来ました。




狩人は雪にうっぷしたままでした。





「お前、いったい何しとるんだ?」
村人が驚き言いました。




彼は顔すら上げられず、
そのまま雪を見つめていました。

それは雪崩に巻き込まれた時、
死ぬ寸前に見た闇でした。




狩人がぶざまな姿のままなので、
村人の一人が言いました。
 
 

「こいつ完全にイカレタらしいな」
彼らはあきれかえって去りました。




 



狩人はしばらくそのままでした。




彼には闇しか見えません。

それでも狩人の心の中に、
あの優しい灰色のまなざしが、
いまだ残っておりました。
 
 



 
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春近い、雪の森でのことでした。
 
 

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