あるところに仲の良い若い夫婦が暮らしていました。
二人は山の斜面にあるみかん畑を育てています。
働き者の夫婦でしたが、妻は近頃
夫の様子がおかしいことに気が付きました。
朝 目覚めると夫は不安げな顔で
夜明け前の空を見上げます。
そして・・・
夕方 仕事が終わると夫は暗く疲れた顔で何かブツブツ言うのです。
ある日妻は彼をじっと見据えて言いました。
「あなたいったいどうしたの?」
すると夫はうつむき気味に答えました。
「朝になると俺は、
何の確約もない今日という日の
不安で押しつぶされそうになる。
そして、夕方になると今日一日の
やりそこねた仕事への後悔で
俺は自分を責めずにはいられないんだ」
妻はそっと微笑みました。
「あなた、私をよ~く見て」
夫は目の前にいる妻を見ました。
なんだか久しぶりに見つめた気がします。
そこにはバラ色の頬の、優しい瞳の女性が
ふっくらした姿で彼を見つめ返していたのでした。
彼は思いました。
「ああ、
どうして俺はこんなにも美しい君を見過ごしていたんだろう」
彼の名は「思考」と言いました。
妻の名は「心」でした。
二人はお日様がこぼれる畑へ出かけました。
思考が心を抱きしめた時、
みかん畑も、空も、見下ろせる海も
すべてが輝き出しました。
すべての幸せが、今ここにあったのでした。