海は夕暮れを迎えていました。
茜色は世界を満たし、波打ち際も染まっています。
一匹のヤドカリが砂浜で独り言を言っていました。
「確かに今の家はきゅうくつだ。
でも、この家は僕をずっと守ってくれた。
思い出も、愛着も、全部ある・・・」
他のヤドカリたちは、
大きな貝殻に住み替えています。
けれどこのヤドカリは、古い家に思い入れがありすぎて、
新居に越せずにいたのです。
ふと見ると、
波打ち際にヤシの実が一つ流れ着いているのに気づいて、
ヤドカリは思わずつぶやきました。
「ヤシの実のあなたはいいですね。
家も持たず、自由に世界を旅できて」
するとヤシの実が答えました。
「何を言っているのですか?
私は親兄弟や故郷も離れ、
何もかも さよならをして、ここへ来ました。
懐かしいものがあったとしても、
私の中にある”遠くへ行きたい”と言う
強い衝動を抑えることはできないからです」
ヤシの実はさみしげな口調でしたが、
強い言葉で続けます。
「あなたも、あなたの中にある”大きくなりたい”という
想いに、抗うことはできないのではありませんか?」
ヤドカリはだまりこくりました。
ゆっくりと茜色の夕暮れは去り、
紺色の波は静かに打ち寄せて夜が来ました。
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翌日、朝風が海を渡る時、
ヤドカリは古い家を脱ぎ捨てて、
その小さな貝殻に言いました。
「ありがとう。今までよくしてくれて。
僕は次の自分に行くよ」
彼は新しい大きな家を見つけました。
入ってみるとなんとも居心地良く感じます。
振り返ると、空き家になった小さな貝殻は
かすかに笑っているようにも見えました。
空色の大気を真新しい透き通った金色が貫いて、
今日も美しい一日が始まろうとしています。
ヤドカリはすがすがしい気分で、
その新しい光を吸い込みました。
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あなたが直面している
古い貝殻と、新しい貝殻はなんですか?
(*゚ー゚*)