今回は、私にとってはごくフツー。
でも…見ている人にはちょっと衝撃?!
( ゚ ▽ ゚ ;)エエエ!!!
…らしい、
ウタマロの画像 撮影方法をお伝えします。
(⌒-⌒; )
◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆
私が草むらで、いつものように雑草を写していると、
「え" !!!」
(◎_◎;)
(◎_◎;)
ウタマロさん!! マジで、そうやって写してたの?
そのやり方投稿して~~!」
そのやり方投稿して~~!」
(≧∇≦)
…ということでした。
私にとっては当たり前のスタイルですが・・・。
もう何年も。
もう何年も。
(⌒-⌒; )
◇◇◇◇◇
このような画像の場合は画面を一応見ています。
けれど以下のような画像を撮る時、画面は全く見ていません。
( ̄ー ̄;
一般的に写真は、
人→被写体 として撮影されます。
でも私が撮りたいのは「物質体」ではありません。
草花が感じている「世界」なのです。
(^_^)
風、光、季節・・・。
一瞬一瞬の感覚・・・。
私は彼らを通じ、その意識に同調してゆくのです。
私は草花にカメラを添え、
オートで全く無秩序に、全くランダムに、
全く無計画にシャッターを押してゆきます。
全く無計画にシャッターを押してゆきます。
たくさんの風が流れ、
コスモスやススキが揺れています。
(^_^)
彼らはその風を心地よく感じています。
シャッターを適当に押し続けると、
私も彼らの風を感じます。
彼らの空、太陽を感じます。
(^_^)
意識は同調してゆき、私は彼らとの一体感に浸ります。
たくさんの写真は後で見返し取捨選択しますが、
撮影中はただひたすら、
彼らとの共有できる奇跡の瞬間の中にいます。
これがウタマロ式、超無秩序撮影方法です。
朝の散歩(40分ほど)で
約300枚の撮影もめずらしくありません。
朝の散歩(40分ほど)で
約300枚の撮影もめずらしくありません。
(・ω・)ノ
このやり方ですと、頭脳や理性はほとんど口出しできません。
つまり、既成概念の枠外の連続が写ります。
私は制約の中で生きてゆくことはできません。
枠外と制約の外
そこに進化と可能性が隠されていると感じています。
写真も、人生の選択も。
( ̄ー ̄)
◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆
こちらは先日アップ作品です。
超・無秩序に、超・美麗に作成しておりますよ。
超・無秩序に、超・美麗に作成しておりますよ。
あらためてどうぞ。
(=゚ω゚)ノ
↓
映像化ウタマロ
(・ω・)ノ
(・ω・)ノ
(^_^)☆
それではステキな週末を~~。