とある荒野の岩影に女性が一人倒れていました。
重い布袋の大きな荷物が、彼女のそばにありました。
そこはどこまでも荒野でした。
木も草もなく、雨も降らず、
わずかに枯れた木の根の一部が、
まれに突き出ているだけでした。
無骨な岩が道を邪魔しておりました。
道はずっと上り坂です。
彼女はこの果てしない荒野の道を、
たった一人で来たのでした。
重い木靴が、彼女の華奢な足には合いません。
血豆とあざができていました。
食べ物は、ひからびたパンのかけらでした。
かみしめている唇は、
ひび割れて血が滲んでいるのです。
ひび割れて血が滲んでいるのです。
重すぎる荷は肩に食い込み、
彼女をひどく疲れさせておりました。
着ている木綿の長い衣は、
すっかり破れてボロボロでした。
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この果てしない不毛の道を、
彼女と共に旅する者も、
彼女を助けられる者もおりません。
何年も、何年も道なき道を、
彼女は一人辿って来たのです。
それは、とほうもなく憂鬱な旅でした。
夜になると、彼女はぐったり疲れ果て、
荷を投げ出して、うつぶせになり休みました。
大きな丸い星空が、彼女をじっと見つめます。
彼女自身は夜空を見る上げる気力なく、
そのまま眠りに落ちました。
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やがてすべての星たちが、きらめいて揺れ、
ゆっくりと全部一度に下りてきました。
巨大な星空そのものが、
地上の近くに来たのです。
星々は笑いさざめき、
彼女の真上に近づきました。
どの星も、自分の歌を小さく歌い、
その歌は彼女の体に浸み込み、
心に浸み込み、そして地上に浸み込みました。
こうして長い長い夜の間、
星たちは またたきながら遊びました。
けれども彼女は気がつきません。
激しい疲れと苦悩のうちに、地面に伏して眠っています。
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いつしか夜空はゆっくりと、元へ帰って行きました。
そうして朝がやってきました。
薄紅色の一筋が、荒野にさして来たのです。
お日様全部がその大きな姿を現した時、
彼女はやっと体を起こし、
汚れた顔で光を見ました。
今日も美しい一日のはずではありました。
けれども彼女自身にとっては、
ただの辛い旅の再開でした。
毎日、毎日、こうして苦悩が始まりました。
彼女は悲しいまなざしで、
大きな荷物を見つめます。
それでもなんとか立ち上がり、
荷を背負って出発しました。
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ジクジク疼く、足の痛みをこらえつつ、一歩一歩進みます。
いつまで旅が続くのか、いったいどこまで行けばいいのか、
彼女自身にもわかっていません。
けれどもその日、彼女は何かに気がつきました。
ほんのわずかに、荷物が軽いようなのです。
彼女はふっと、立ち止まり、
そして振り向いて後ろを見ました。
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それは驚くほどの光景でした。
彼女が進んで来たその道に、
たくさんの花が笑って咲いていたのです。
色とりどりの、野の花は、四季をかまわず咲き出しました。
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鮮やかな赤、清らかな薄紫、軽やかなオレンジ、
楽しげな黄色、つつましい青、優しげな白・・・。
光を浴びて、次から次へと開きます。
彼女はハッと何かに気づき、
荷物を下ろして中を見ました。
彼女が背負って運んでいたのは、
大量の花の種でした。
袋の底の小さな穴から、
種がハラハラこぼれていました。
彼女はしばしあっけにとられ、
そこに立ちつくして眺めました。
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お日様は天高く登り、
花はいよいよ咲き乱れます。
どれもが笑い、どれもが歌っておりました。
乾いた荒野の道のりが、
花で満たされておりました。
驚きは涙に変わり、
彼女は立ちつくしたままボロボロ、ボロボロ泣きました。
前を見れば、道は変わらず荒野です。
けれども今まで通った道が、
花で埋め尽くされていたのを、
彼女は初めて知りました。
彼女は、初めて知りました。。。。。
完
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