その日の夕方、寺の庭では騒ぎが起きておりました。
「知ってるんなら言ってみろよ!」
黄色い衣を着た少年僧が、年下の子を責めています。
「本当は知らないくせに、このウソつき!」
数人の少年僧が、幼い子を囲んでいました。
この幼い子は数日前、田舎からやって来たばかりの者で、
まだ坊主頭にもなっていません。
ブカブカの大きすぎる黄色い衣を、なんとか身に着けているだけでした。
:::::::::::::
「言えないんだろ!わかんなから言えないんだ!」
別の少年僧がはやしたてるように言いました。
幼い僧は顔を真っ赤にし、悔し涙を流しています。
「オイラ、知ってんだ。絶対知ってんだ!」
繰り返し叫んでいますが、誰もそれを認めません。
寺の庭はけだるい暑さがたまっています。
池のピンクのスイレンが、かすかに笑って浮いていました。
風は、なまけているのかのように、ほとんど吹いてはいませんでした。
::::::::::::::
中庭の騒ぎを聞きつけて、老僧がやって来ました。
「お前たち何を騒いでおるんじゃ?」
すると少年僧の中でもひときわ背の高い者が、
老僧に敬意を示したあと答えます。
「老師様。この新人がとんでもないことを言いだしたんです」
「ほぅ・・・。それは何かな?」
老僧はのんびりと訊きました。
「はい、”神様が何なのか知っている” などどと言うのです」
もう一人の気の強そうな少年が言いました。
少年たちと老僧のやりとりを見ようと、
寺院の中の僧たちが集まってまいりました。
皆、興味深く見守ります。
::::::::::::
「だって、知ってるんだもん!」
幼い僧は真っ赤になって叫びます。
「言えなくたって、オイラ神様がなんだか知ってるんだ!」
すると別の少年僧もむきになって怒鳴ります。
「口で説明できなきゃ、知っているって言えないんだよ!」
周囲の大人の僧たちもざわついて聞いておりました。
どこかでカエルが鳴いています。
:::::::::::::::
老僧は優しげに少年たちを見ておりましたが、
やがて静かに言いました。
「では訊くが・・・」
老僧は幼い僧を取り囲んでいる少年僧に言いました。
「言葉で説明できなければ、それは”ない”ということになるのかね?」
急にあたりはしんとしました。
「そして・・・」
僧は続けます。
「言葉で説明できさえすれば、それは”在る”とうことなのかね?
そして、それが正しいということなのかね?」
誰も答えず、寺院にはカエルの鳴き声だけが響いています。
::::::::::::::
老僧は深く呼吸し、庭の草花に目をとめながら言いました。
「言葉というものは、もともと目に見えるもの、
触ることができるものに対してつけられた」
「だから人間の目には映りにくいもの、小さすぎるものには名前がなかった。
そして今も、人間には理解できないもの、
大きすぎるものには言葉がついておらんのじゃ」
老師は少年たちの方に向き直って続けました。
「言葉なくとも、在るものは在る。
それどころか、言葉で説明できるものなど、ほんのわずかなものだけなのじゃ」
修行僧たちは皆、食い入るように老僧を見つめています。
幼い僧も泣くのを忘れ、大きな瞳で見つめていました。
老僧は静かに力強く続けます。
「言葉のある世界だけに生きようとすると、
そこはとても小さい世界じゃ。
それではとても狭い世界でしか、生きられないことになる」
ほんのかすかに夕暮れの風がやってきて、
皆の黄色い衣が揺れました。
夜の花の香りもただよってまいりました。
「さあ、みんなよい子じゃ。
わかったかな?
それではゆうげに行くとしようか・・・」
皆は押し黙ったまま、それでも老僧につき従って、夕食に向いました。
池のカエルが
それではゆうげに行くとしようか・・・」
皆は押し黙ったまま、それでも老僧につき従って、夕食に向いました。
池のカエルが
クワクワ・・・・・クワクワ鳴きました。
*
*
。
*
*
。