夏は盛りを過ぎていました。
それでもまだまだ暑いのです。
日差しが夕方になりかかる頃、
一組の親子が「流しそうめん」にやって来ました。
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ここは森に囲まれた緑あふれるビアガーデンです。
グループごとに「流しそうめん」が楽しめるよう、
竹でできた流し台にはチョロチョロ水が流れています。
希望すればバーベキューセットも運ばれました。
たくさんの家族連れ、カップルが各々テーブルを囲んでいます。
先ほどやって来た親子は、
若い痩せた父親、赤ん坊を背負っている痩せた母親、
そして2歳ほどの男の子の4人でした。
「”ナガシソウメンってどこにあるの?」
男の子は流しそうめんが初めてなのです。
父親が答えます。
「ほら、この竹の滑り台から、そうめんが流れて来るんだよ」
竹の”とい”はツルで編んだ衝立の向こうから突き出ていました。
衝立の向こう側にはスタッフがいるはずでした。
入場料もしっかり取られる場所でしたから。
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親子は箸と、つゆの入れ物を持って、
流れてくるのを待ちました。
ところが一向に流れて来ません。
「ねー!まだなの?」
男の子が訊きました。
「大丈夫、必ず流れてくる。
信じて待つんだ」
父親が言いました。
「そうめんが流れてくるところを想像するんだ。
すごく楽しいから、そのワクワクを心の中で感じるんだ」
男の子は、じれったそうにしましたが、
両親が閉眼しイメージングに突入すると、
黙ってそれを真似しました。
赤ん坊は背中でスヤスヤ眠っています。
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・・・その時でした。
「オーーーイ!ビールまだかぁー!」
その声に驚いて親子は顔を上げました。
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大声の主は隣のグループでありました。
大人・子ども合わせて10名ほどの集まりなのです。
そこの子どもたちは喧嘩しながら争ってそうめんを食べていました。
彼らのテーブルにはピザ、ソーセージ、とうもろこし、たこ焼きなどが、
ところ狭しと載っています。
大人たちは皆かっぷくよく、とても旺盛な食欲でした。
スタッフが2人やってきて、
ビール大ジョッキ6杯を置きました。
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こちらの親子は、水しか流れていない竹の”とい”を見つめました。
「とーちゃん、お腹すいた」
男の子がせがむように言いました。
彼らのテーブルには、何も載っていないのです。
メニュー表はあったのですが、
それらはとても高かったのです。
父親は男の子の目をじっと見て言いました。
「そうだな。とうちゃんもだ。
でも必ず流れる。
いいか、”食べたい”って想いを手放すんだ。
手放せば流れるんだ」
父親が諭すように言うと、母親もうなづきました。
彼らがこうして空腹に耐えている時でした。
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「肉の追加遅いぞー!!」
となりのグループが叫びました。
あちらの彼らは濛々たる煙を出して、焼き肉をしている最中なのです。
「そうめんもっと流してよーーーー!」
その中の男の子も叫んでいます。
「ビール4つ追加でお願い!」
女性もどんどん注文します。
スタッフがあわてて対応しました。
山盛り肉はもちろんのこと、
チャーハン・・・ラーメン、
ところてん・・・あんみつなどが、
立ちつくしている親子の目の前を通過しました。
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こちらの男の子は目を丸くして見ています。
けれど両親は目を閉じて、
小さく何かを唱え始めたのでありました。
そうめんが流れてくるためのアファメーションをしていたのです。
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こうしてついに夜になりました。
となりのグループは食べ散らかして、
その場を去って行きました。
こちらの親子のところには、
とうとう何も来ませんでした。
男の子は疲れ果て、お腹をすかして、父親の背で眠っていました。
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「今日のことには何かきっと意味がある。
今はわからなくてもきっと・・・」
父親が母親に言いました。
母親は黙ったままでうなずきます。
「そうさ、宇宙は完璧、
完璧なタイミングで完璧なことが起こってくるんだ!」
父親は星空を見上げて言いました。
親子は静かに家路に着きます。
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完璧に・・・正しい一夜でありました。
静かに夜風が吹きました。
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( ̄ー ̄
ぬふふふふふ・・・・・。