ある暗い森の道なき道を、
女性が一人歩いています。
やがて大きな木のそばを通りかかると、
その木には楕円の木戸がついていました。
人一人がやっと通れる、小さなものです。
彼女がそっと取っ手を引くと、
「キイッ・・・」わずかな音がして、
その木戸が開きました。
中には年老いた白髪の男が一人、
ひざまずき、祈る姿で彼女を見ました。
そして悲しげな口調で言いました。
「許して欲しい。私があなたに冷たくしたことを。
私があなたを愚か者扱いしたことを・・・」
彼は彼女が幼かった頃の教師でした。
彼女の心の奥には、その時の傷がありました。
そして同じような木戸があります。
彼女はそれを開けました。
「許して欲しい」
そこには老婆が一人、ひざまずいておりました。
それは彼女の祖母でした。
「私はあなたが描いた絵をバカにした。
でも、それは間違っていた。許して欲しい」
老婆は涙をこぼして懇願しました。
少し行くと、また同じような扉がありました。
「許して欲しい」
中にいたのは男性でした。
それは彼女と別れた人でした。
「私はあなたの元から去った。
でも・・・意味があったのだ。どうか、許してはくれまいか?」
その昔、彼女は彼が好きでした。
でもそれも悲しい思い出。
彼女は静かに進みます。
いくつもの扉のついた木がありました。
たくさんの過去に出会った者たちが、
ひざまずいて彼女に許しを請いました。
彼女は誰とも口をきかずに、
いくつもの扉のついた木がありました。
たくさんの過去に出会った者たちが、
ひざまずいて彼女に許しを請いました。
彼女は誰とも口をきかずに、
彼女は森のこずえの間から、
暗い夜空を見上げます。
月も星もない深い暗さは、
彼女の辛い過去そのものでした。
夜は終わらず、風も吹かず、時は止まっているようでした。
*
やがてまだ若い木の前を通りました。
とても小さな扉があります。
彼女がそれをそっと開くと、
そこにいたのは彼女自身の姿でした。
「許して欲しい・・・」
その彼女はひざまずいて言いました。
「私は心を知っていたのに、いつもいつも邪魔してきたわ。
”大切な小さな想い”それはいつも後回し。
どうか・・・。どうか、許して欲しい」
彼女は何も答えずに、黙って扉を閉めました。
そしてずいぶんたちました。
とうとう森が終わった時、
彼女は見晴らしのいい場所に出ました。
もうすぐ風がやって来ます。
そしてもうすぐ小鳥が来ます。
やがてまもなく・・・
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はじめましての方へ。
泉ウタマロは作家、アーチストです。
よろしくお願い申し上げます。