瀕死の重体に陥り、幽体離脱する主人公凛花の前に、数十年前死亡した若い女性 ゆい の魂が現れます。
ゆいは、死に瀕していた時、周囲にあるなんでもないものが、どれだけ美しく感じられたか語ります。
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冬が来る前の、舞い落ちてくる銀杏の葉っぱの匂いとか。
熟して落ちそうな柿の実の甘さとか……。
ゆいはまるでその時の空気を吸っているかのように目を閉じて呼吸するしぐさをした。
「今はもう、深呼吸して、風に乗っている季節の香りを楽しむことはできないわ。でも、あのすがすがしい幸せは、少しも忘れずに思い出せるのよ」彼女は笑顔で凛花を見た。
「この人は本当に美しい人だ。外見も。内面も」凛花は思った。
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「それでね、私、正彦さんにいろんなものを持ってきてもらうことにしたのよ」
「いろんなもの?」凛花はなんだろうと思った。
「道端に咲いてる女郎花。秋の黄色い花のことよ。
それから……柿の葉の落ち葉、桜の葉の落ち葉、どんぐり……
すすきの穂。大きな銀杏の葉。
そういうなんでもないものがね。すっごく綺麗に見えたし、気持ちが癒されたの。
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たとえば桜の葉っぱはね、まるでその中に夕焼けの世界が映し出されているみたい見えるのよ。いろんな赤や黄色やだいだい色や、ほんの少し紫まで混じってるの。
凛花さん、よく見たことあるかしら?」ゆいは微笑んで続けた。
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「そういうささいなものの中にね、まるで神様の言葉が舞い降りているように私には思えた。ごわごわした柿の葉っぱの手触りの中に、強く生きている力強さがあったの。
私にはうらやましい生命力に思えたし、彼らはまた来年よみがえることができるっていうすばらしさもあった」
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秋の美しさは心に深くしみこみます。物質界で生きる切なさを強く感じる季節が秋です。